無限スクロールはナゼ面白いのか?

無限スクロールは楽しい

そのスマホは、スクロールすれだけでショート動画もパズった投稿も永遠と見ることができる。

今の面白いものは、生物学的な「新奇性追求」のメカニズムさえハックし、脳の報酬系を絶え間なく刺激し続ける技術体系になっている。

それは客観的に説明できるだろうか?

パズる=面白いという認識では消費者視点のままだ。 このメカニズムを人一倍知っておく必要がある。創る者として

新奇性追求とは「新しい」を求めること

人間には、新しい情報を得たときに脳内で快楽物質(ドーパミン)が分泌される仕組みがある。これを「新奇性追求」と呼ぶ。

脳の深層部にある「中脳辺縁系」と呼ばれる領域は、未知の刺激に遭遇すると即座に反応し、報酬系を活性化させる。

これは太古の昔、新しい情報の獲得が生存率(餌場の発見や危険回避)を高めていた頃の名残だ。

脳にとって「新しい」を「価値がある」と理解する。

新奇性追求をハックする

無限スクロールの真の恐ろしさは、この新奇性追求を「変動比率強化」という心理学的トラップでブーストさせている点にある。

行動分析学の父、B.F.スキナーは「スキナー箱」と呼ばれる装置でネズミを使った実験を行った。

レバーを押すと「必ず餌が出る」場合と、「ランダムに餌が出る」場合を比較したところ、後者の方がネズミは熱狂的にレバーを押し続け、行動がやめられなくなったのだ。

無限スクロールはドーパミン・ループを作り出す設計にある

スクロールするたびに、10回に1回、自分の好みに刺さる動画が現れる。

この「次こそは当たりがあるかも」という予測不可能性が、脳をドーパミン・ループ(強迫的な探し求める行動)へと引きずり込む。

なのでスマホの無限スクロールは楽しい

無限スクロールがどうして楽しいのかは、この「予測不能な新しさ」という超正常刺激が、本能を直接叩き続けているからだ。

この類のコンテンツは予測不可能性と新奇性のミックスで、ドーパミンの放出を繰り返し誘発し、ユーザーを「もっと新しいものを見つけたい」という強迫的な探し求める行動へと駆り立てる。

ショート動画を嫌ってるわけではないぞ

ジブンにとってショート動画は、まだ見たことがない価値や表現を探す事にうってつけのツールだ。

中には凄い才能の人物が、その短い数秒間で驚異的なパフォーマンスをやってのける動画だってある。

しかしただ楽しいものを永遠と見て、時間を浪費するわけにはいかない。 アルゴリズムによる「報酬のハック」に足元を掬われないために。

「情報の豊かさは、注意の貧困を生む」 (A wealth of information creates a poverty of attention.) ハーバート・サイモン

創る側であれ消費する側であれ、仕組みを知るという「知恵」くらいは持っておく必要があるんじゃないかな?そう思うのだった