敵の塩を舐める思いで挑め

とある音楽界隈の偉人は父親に 「嫉妬は人間の一番の敵だ」

と教えられ、嫉妬心を殺す努力を続けたという。
その習慣こそが、後の人生で大きな助けになったと語る。


ところで嫉妬とは何だ?

マインクラフトで例えるとわかりやすい。

自分はやり遂げた!この楽園はボクのものだ!
だから次の舞台も、また自分の手で一から創ってみせる。
未知の土地で新たなワクワクが待っている――そう信じてステージを進む。

しかし現実は……非情。

誰も踏み込んだことがないと思っていたユートピアは、すでに開拓し尽くされていた。

「あれ?やろうと思っていたこと、もう全部終わってるじゃん!?」
「どこの誰だ!?せっかくの楽しみが台無しじゃあないかあ!!?(ジョジョ風)」

――こんな感じだろう 意味不明?このコはきっと自分で開拓していたのを忘れてたんだろう

ともあれこれが、嫉妬の“訪れ”だ。


それが嫉妬って気付けるのか?

さて、ここで客観視できるかどうかが運命の分岐点だ。

今キミが“犯人”と呼びたいその人物は、
単にキミの“上位互換”だったというだけのこと。
しかし、犯人扱いしているのはあくまでキミ自身だ。

仕方がない、と言えば仕方がない。

  • 自分の地位が脅かされる。
  • 競争に不利になりそうだ。
  • 比較されたら負ける気がする。

――そういう心象が、心のどこかで勝手に生成されるからだ。

だが負けるな。
この正体をここで見破れなければ、一生同じ目に遭い続ける。


よくわからないけど「危険信号が発報されている」

だいたいこういうとき、人はこう感じる。

「うわ、まじかよ…」
ではなく

「すげぇ、こんなことできるのか!?」
でもなく

「え?なんで(自分より)できるの?」

これだ。
危機でも敵襲でもないのに、脳だけが勝手に危険信号を鳴らしている状態。

この感覚は正しい、だが実際はもっと深刻で、すでに成功の暗殺者に狙われている。


成功の暗殺者

嫉妬は成功の暗殺者だ。
喜びを噛みしめた直後に忍び寄る、静かな陰。

「嬉しいはずなのに、何かモヤっとする」
「いい結果を出したのに、誰かのもっと上の成果を見て急に色あせる」
「褒められても、自分より評価の高い誰かを思い浮かべてしまう」

気づいたときには、もう心の奥に入り込んでいる。
外部の敵ではなく、内部から成功を食い荒らす敵 だ。

しかし、こいつはどこから来た?

――いや、どこからも来ていない。
なぜなら 自分自身が生み出している からだ。


どういうことだ?

ちょっと例え話も面倒くさいなったから科学に頼る、許せ。

人間は意思に関係なく、常に他者を参照して自分の価値を測る。
これは認知科学・心理学で 社会的比較(Social Comparison) と呼ばれる。

  1. 本来は成功しているはずなのに、
  2. もっと大きな成功を見てしまうと、
  3. 自分の成功を“失敗扱い”してしまう。

成功と失敗は本来同時に成立しないのに、
人間の価値判断は他者の存在によって簡単に上書きされてしまう。

キミは成功したのに。より大きい成功を見た瞬間、
“自分の成功”が持つ価値を自分で投げてしまった

成功に価値を置きすぎているがゆえの悲しき性。

これが嫉妬の正体だ。

成功が優位になるとか認められるとかいったメリットを約束するわけではない。ここをセットで捉えていると嫉妬したときの落胆も大きい


敵の塩を舐める覚悟

話をまとめよう。 自分の成果は確かにあった。
そこには努力も工夫も、ちゃんとした手応えもあった。
しかし――知らぬ間にその成功は腐り果て、失敗のように見えてしまった。

よりよい成功があるなら、それでいいや。

そうやって全部を流してしまうこともできる。
「自分は自分、他人は他人」で済ませてもいい。
心を守りたいなら、それも一つの選択だ。

嫉妬の正体

だがここまで書いたように嫉妬はもっと意味があった。

成功は暗殺されるしかも自分で知らぬ間にやっている。

成功を大切にするには、懐にしまわないといけない。 もしかしたら心が小さいと懐も小さいかもしれない、そこに成功は入るか? そうだ、心が広くないと暗殺されてしまう。

でも懐を広くするには現実を受け入れないとならない。 だからこそ覚悟がいる、得るべきだった成功を調べること、敵の塩を舐める覚悟、恐れずに、自分のものにするということは、自分が知ってる状態だ。


嫉妬の真逆を目指してみよう

スクリーンに出てくる絵師は絵を書き上げたのに、満足がいかないからと
作業台を片付けて泣いて終わるだろうか?そんなことない。

「これだ!」という新しいイメージが降ってきたら、 もはや片付けどころではなく。
作業台の上の小物を豪快に手で薙ぎ払い、 “今すぐ描かなきゃ消える!” という焦燥で、 全力でキャンバスに向かう。

嫉妬が真逆になったらこういう感じになるはずだ、 他者と比較した所で自分の萎縮材料などせず、自分の発火材料として扱っている。

作業台の小道具を手で薙ぎ払う「今の自分なら、もっと上に行ける」といわんばかりの強烈な“未来肯定”だ

そもそも、くよくよしてる場合だろうか? 時間は非情なもので、たくさんあるときは頼もしい味方だが、足りなくなるときはこの上ない強敵になる。今進めるなら、今進むべきだ。

嫉妬は無知であり、模倣は自殺である。 Ralph Waldo Emerso(ラルフ・ウォルド・エマーソン)